堕胎(読み)ダタイ(その他表記)abortion

翻訳|abortion

デジタル大辞泉 「堕胎」の意味・読み・例文・類語

だ‐たい【堕胎】

[名](スル)胎児を人為的に流産させること。子をおろすこと。

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精選版 日本国語大辞典 「堕胎」の意味・読み・例文・類語

だ‐たい【堕胎】

  1. 〘 名詞 〙 胎児を自然の分娩(ぶんべん)期に先だって人為的に流産させること。おろすこと。子おろし。奪胎。
    1. [初出の実例]「竊求堕胎之術。屡服毒薬験」(出典:朝野群載‐二・書写山上人伝(1102)〈花山法皇〉)
    2. 「堕胎(ダタイ)くすりを出す医者あり」(出典:談義本・医者談義(1759)三)

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改訂新版 世界大百科事典 「堕胎」の意味・わかりやすい解説

堕胎 (だたい)
abortion

子宮内で発育中の胎児を,自然の分娩に先だって人為的に妊娠を中絶し,排出させること。〈おろす〉〈おとす〉〈はっさんする〉などとも称し,古くから行われていた。本来的にはすべての人工妊娠中絶が含まれるが,現代の日本では,母体保護法にもとづいて医師が行う人工妊娠中絶は堕胎には含めず,それ以外の非合法のものだけを意味すると解されている。また,妊娠の中断を目的とした胎児の殺害も堕胎に含まれる。

 堕胎の方法には手術などによる器械的方法と薬物を用いる方法がある。手術による場合は,消毒が不十分だと感染を起こしたり,手技が手荒いと子宮や腟に傷害を与え,大出血を起こして,母体に重大な障害を与える危険が大きい。一方,薬物による方法も古くから行われてきた。堕胎を目的として用いる薬物を堕胎薬といい,主として子宮収縮薬や下剤などが用いられたが,これも母体に対する危険性は大きい。非合法的に堕胎を行った罪は堕胎罪として刑法に定められている。
妊娠中絶
執筆者:

堕胎は家族の食料取得量が少ない社会,あるいは乳児に与えることのできる食料が母乳以外にはないような社会に多い。そのような社会では,堕胎や間引きは現在生きている人の生存を守るために行われると意識され,避妊,堕胎,間引きの間にそれほど大きな意味の違いを認めていない。また未婚の女性や未亡人の妊娠・出産に対して厳しいサンクション(制裁)がみられる社会でも,出産を逃れるためにしばしば堕胎が行われる。中世初期のヨーロッパ社会でサビナJuniperus sabinaヒノキ科)が堕胎薬として乱用されたことや,江戸時代の日本で多くの堕胎専門医が活躍し,種々の堕胎薬が売られたのは,口減らしの目的もさることながら,前者はとくに宗教倫理のうえから,後者は家制度の発達とそれに伴う社会倫理のうえから,私生児の存在を否定したことと関連している。

 子を得ないための方法には,大きく分けて避妊,堕胎,嬰児殺し(間引き)の三つがある。これらの間にどのような違いを認めるのか,またその結果としてどの方法を選択するのかは,性交,妊娠,出産,胎児,新生児に対して,その社会のもつ道徳的あるいは生理的な認識に左右され,またそれぞれの社会,階層の経済状態に大きく影響される。日本では明治初期までは,堕胎とならんで,間引きが全国的に行われていたが,間引きが嬰児殺しとして殺人に準じて扱われるようになってから,特異な場合を除いては姿を消し,とくに第2次大戦後は,避妊方法の改良・普及と家族計画の普及により,もっぱら避妊の方法がとられるようになった。しかし,母体保護法にもとづく人工妊娠中絶も後を絶たない。

 口減らし,あるいは私生児忌避以外に,男性と女性の社会的・経済的関係において堕胎を行う場合もある。西アフリカの海岸地方では,女はムラを離れて行商してまわり,男はムラに残る。女は行商のじゃまになるので妊娠,出産を嫌い堕胎を辞さない。それは夫の後継者をつくらないと同時に,男性に対する女性の経済的優位をもたらすことになる。他方,1960年代にウーマン・リブの運動のなかで,アメリカ合衆国の女性が堕胎を法的に認めるよう政府に働きかけたのは,女性の社会的・経済的独立にかかわってのことである。
執筆者:

日本では文献の上で平安時代以来知られているが,中世末期まではとくに違法行為とはみなされなかったらしく,ヨーロッパの宣教師の記載などから子どもの多い女性などにはかなり普遍的に行われたらしい。これは当時の人間のもつ生命に対する考え方が,胎児期の生命を一般の人間生命とはみなさなかったことからくる。近世においても,生活が貧しく多くの子どもを育てられぬ者,生計は豊かでも社会倫理上望ましからぬ行為によって妊娠した場合,さらに地位財産の相続上争いの種になりやすい出産児と予想される場合など,それぞれ農民,商家,武士など経済的,身分的な高下にかかわらず,実行されていた。これもやはり胎児が人格あるものとみなされなかった結果と考えられる。もちろん,決して望ましい行為でなかったことは,堕胎がやはり忌み,穢(けが)れとしてつつしみの対象とされたことから明らかである。しかし一方では出産の困難,異常妊娠,母体保護等から中絶を必要とする場合のため,近世以後医師の手で手術が行われることとなり,その方法も危険を伴うことが減じた。ことに京都で15世紀末ころから発達した産科中条流の名はひろく各地に知られ,都市を中心に流行した。いうまでもなく非合法の場合も多かったので,川柳などによまれて諷刺の対象ともなっている。薬方は水銀を主としたらしいが,民間ではホオズキの根,ヤマゴボウの根,ハランの茎,ナンテンなど主として子宮に挿入する方法や,高所から飛びおりたり階段から落ちるなど機械的な方法が用いられた。薬品には強い下剤を飲んだり薬を挿入するなどの薬物使用,さらに神仏に祈願したり呪術にたよるなど,概して他人に知られずに目的を達しようとした。自己で行うほか,施術者は産婆(助産婦),祈禱師や経験ある老女,姑などが当たることが多く,したがって危険を伴い,後遺症に悩む婦人も少なくなかった。これは単なる生理的理由以外に胎児をおろしたという精神的負担があり,この点は中絶が合法化された現代も変わることがないようで,〈水子供養〉〈水子地蔵〉が盛行する現象はこれを物語っている。
間引き
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「堕胎」の意味・わかりやすい解説

堕胎
だたい
abortion

自然の分娩(ぶんべん)期に先だって人工的に妊娠を中絶し、子宮内で発育中の胎児を排出させることをいう。したがって、すべての人工妊娠中絶が含まれるわけであるが、日本の刑法では、母体保護法に基づき医師が行う人工妊娠中絶や、緊急避難行為として行う子宮外妊娠の手術などは、正当行為と認められている。すなわち、非合法的な妊娠中絶だけをさしており、妊娠中絶を目的とした胎児の殺害も堕胎に含まれる。

[鎌田久子]

民俗

『今昔(こんじゃく)物語』(12世紀初め)に、流産の術として毒を服すという文があることは、平安時代すでに人工妊娠中絶が行われていたことを示しており、その歴史は古い。しかし事例が数多く残されているのは、江戸時代以降である。農政学者佐藤信淵(のぶひろ)は『農政本論』に、農民が毒針を刺して堕胎することがあったと述べて、貧窮ゆえにやむをえないとしている。当時の為政者は、この風習を人口政策、経済政策として注目することはあっても、道義上の問題として扱っているものは少ない。もちろん江戸時代にもこの風(ふう)を戒めた書物はある。1842年(天保13)幕府は堕胎の禁令を出しているが、これとて江戸市中に限られ、全国的には厳しいものではなかった。京都・江戸の町なかには、中条(なかじょう)流をはじめとした婦人科医の存在も増加し、子おろし(中絶)用の薬も密売されていた。限られた土地に住む人口はおのずと決まっており、効果的な避妊法もわからない当時としては、堕胎・間引(まびき)(出産してから始末すること)は、暗黙裏の人口調整とすらなっていたのである。

 明治政府は、1868年(明治1)12月、産婆への堕胎取締りを布告して、江戸時代からの慣習を打破しようとしてきたが、1948年(昭和23)優生保護法(現母体保護法)が成立するまで、堕胎は公然の秘密として、全国的な慣習となって存在したのである。

 今日では合法的な妊娠中絶は、すべて医師により行われているが、各地に伝承されていた方法をみると、(1)毒性の植物など異物を挿入して流産を促す、(2)毒性の植物を煎(せん)じて飲む、(3)過激な運動、(4)神仏に祈願、などが行われていた。名称も、その方法をよんだオロスとか、観念として抱いている、胎児を前世に返すというオカエシ、モドスなどの方言がある。着帯以前に処置すれば、人間として認知する以前であるから罪の意識を感じないですむという考え方もあった。堕胎が行われてきた根底には、人間の霊魂は去来するものであり、前世に返しても、また必要ならばこの世に生まれてくることができると信じた日本人の霊魂観が存在するのであろう。

[鎌田久子]

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百科事典マイペディア 「堕胎」の意味・わかりやすい解説

堕胎【だたい】

胎児を自然分娩(ぶんべん)期以前に人為的に排出させること。広義では人工妊娠中絶全般をいうが,一般には母体保護法の適応範囲外で非合法に行われる場合をさし,堕胎罪が成立する。しかし胎児が死亡した後の場合は堕胎罪にはならない。堕胎は出産抑制の手段として古来行われているが,近代社会では家族計画の普及とともに受胎調節に置き換えられている。日本では〈子おろし〉〈おろす〉などともいい,古くからみられ,江戸時代には間引きと並んで行われ,農村では生活苦による〈口べらし〉,都市では不倫の子おろしが多く,子おろし専門の医家も現れた(中条流)。
→関連項目堕胎薬

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「堕胎」の意味・わかりやすい解説

堕胎
だたい
abortion

母体保護法など法律で定められた適応症以外の理由で,あるいは指定された医師以外によって,非合法的に行われる人工妊娠中絶手術をさし,行なった場合は堕胎罪が成立する。 (→人工妊娠中絶 )

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普及版 字通 「堕胎」の読み・字形・画数・意味

【堕胎】だたい

おろす。

字通「堕」の項目を見る

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世界大百科事典(旧版)内の堕胎の言及

【堕胎罪】より

…胎児を自然の分娩期に先だって母体外に排出し,または,母体内で死亡させる罪。母体外に排出した胎児が生存している場合に,これを殺す行為は新たに殺人罪を構成し,両者は併合罪になる(判例)。妊婦自身による自己堕胎(刑法212条,1年以下の懲役),妊婦の嘱託を受けまたはその承諾のもとに行われる同意堕胎(213条,2年以下の懲役),医師・産婆等により妊婦の同意のもとに行われる業務上堕胎(214条,3月以上5年以下の懲役),妊婦の意に反して行われる不同意堕胎(215条,6月以上7年以下の懲役)とに分かれる。…

【流産】より

…妊娠初期に妊娠を継続することができなくなり中絶した状態を流産というが,その範囲については種々の定義がなされている。日本では現在〈妊娠第22週未満の分娩をいう〉と流産を定義している。これは,第22週以後の分娩では胎児の母体外生活が可能と考えられるにいたったからである。かつては28週未満,24週未満とされていたこともあり,今後も,医療の進歩につれてこの定義は変わる可能性をもっている。流産の頻度は全妊娠に対して7~10%と考えられているが,妊娠第9~12週におけるものが最も多い。…

【堕胎罪】より

…母体外に排出した胎児が生存している場合に,これを殺す行為は新たに殺人罪を構成し,両者は併合罪になる(判例)。妊婦自身による自己堕胎(刑法212条,1年以下の懲役),妊婦の嘱託を受けまたはその承諾のもとに行われる同意堕胎(213条,2年以下の懲役),医師・産婆等により妊婦の同意のもとに行われる業務上堕胎(214条,3月以上5年以下の懲役),妊婦の意に反して行われる不同意堕胎(215条,6月以上7年以下の懲役)とに分かれる。妊婦自身による自己堕胎以外の堕胎罪において,妊婦を死傷に致したときは刑が加重される。…

【母体保護法】より

…以上の事実は,優生保護法が不良な子孫の出生を防止する法律としてではなく,人工妊娠中絶を合法化する法律として機能してきたことを示す。そもそも同法は,戦後の混乱期における未曾有の人口増加に対して,有効な産児制限の手段である人工妊娠中絶を合法化し,危険なやみ堕胎をなくすために立法されたともいえる。このように同法の下で毎年大量の人工妊娠中絶が行われていることに対しては批判もあった。…

【間引き】より

…この語はいわばそれについての公称であって,例えば奥羽地方では,おしかえす,もどす,ぶっかえすなど,生まれ出るものを生前の世界,いわば霊界に逆行させる意味の言葉が使われ,関東・中部では薪拾いにやった,魚捕りに行ったなど,葬地や処分法を意味する語が多く用いられた。中国・九州地方もこれらに類するが,関西にはこれに当たる言葉はほとんど知られず,堕胎処理が多かったのかと考えられる。また,江戸時代における人口増加の停滞の主要原因をこれに帰する者もあるが,人口の増加しなかった理由は飢饉と流行病によって十分に説明でき,古来子どもを子宝として喜び,安産や生育祈願のための民俗行事(育児)がひろく盛んに行われてきた事実を考えれば,間引きが近世まで一般常習となっていたという通説には疑問がある。…

※「堕胎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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